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NTT フレッツ光における通信速度などの現状について、背景や仕組みから正しく理解する 2020

会社でフルリモート体制が築かれるにつれ、各スタッフの自宅の回線などについての相談を受けることが増えてきました。ということで、筆者 sorah の見解として 2020 年の NTT フレッツ光網について、主に通信速度や輻輳についての問題を理解するための背景と仕組みを説明しようと思います。

理解が間違っていたら教えてください。なるべく総務省や NTT の資料からソースを集めてきた上で説明していますが、出典不明の情報も混ざっているかもしれません。できるだけ具体的な出典を文単位で示していますが、複数の資料に渡る複雑なトピックに関しては文末に纏める形になっています。

技術的な意味での細かい解説よりも複雑な事情や背景の説明が中心です。フレッツ光とか NGN とか IPoE とか IPv6 とか v6 プラス・アルファみたいな言葉を聞いて、なんでそんな難しいんだと思った人も多いんじゃないでしょうか。エンジニアじゃなくても、この複雑な状況の背景についてなんとなく理解が深まるんじゃないかなと思います。

なお、本記事では「フレッツ光」と言えば特筆ない限り「フレッツ 光ネクスト」を指します。

ざっくりとした図

ここから長々と詳細について説明しますが、フレッツ網を用いてインターネットへ接続するパターンで、間に挟まっている仕組みや設備をだいたいカバーした図が下記の通りです。

概要図

この図にあるオレンジ・茶色の線それぞれに輻輳する可能性があります。一般的に輻輳、遅いと言われる原因は NTE と言われるものの前後が多いのではないかなと思います。

本記事では、ざっくり以下の流れで解説していきます。

  1. フレッツ光とは何か
  2. IPv4, IPv6 とは何か
  3. フレッツ光を用いて各拠点(自宅) から ISP、インターネットへの仮想的な接続について
  4. フレッツ光と ISP の物理的な接続について
  5. 各拠点(自宅など) とフレッツ光の物理的な接続について

以下のような疑問を解決できるようになるのが、この記事のゴールです。

  • フレッツ光で輻輳が発生して遅くなるような要因はどこ、なぜ発生するのか。特に PPPoE 方式が遅いと言われている理由はなにか。
  • PPPoE 方式で接続する場合、ISP を乗り換えると通信速度が変わる可能性はあるのか。
  • いわゆる IPoE 方式の接続は PPPoE 方式とは何が違うのか。
  • VDSL 方式、光配線方式の違いは何か。速度に差はあるのか。
  • フレッツ光や ISP の契約がとっつきにくく複雑に見えるのはなぜか。
  • VNE とは何か。
  • VNE として NGN 網に相互接続する場合の障壁は何故高いのか。

フレッツ光、とはなんなのか

通信が輻輳、遅くなるボトルネックがどこに生まれるのか、というかどうしてこんな事になっているのか、という話をするためには、まずフレッツ光がなんであるかを理解する必要があります。フレッツ光がとっつきにくく、通信速度や契約まわりの事情が複雑なのは歴史的経緯が大いに絡んでいます。なんでこんな仕組みになっているかを理解するためには NTT という奴を知る必要があるのです。

まず、NTT とはなんなのか

NTT はその歴史上、公営事業であったこともあり日本の通信網の最大手です。その現在に至るまでの経緯から、民営化された際より、通称 NTT 法と呼ばれる法律に縛られています (現 日本電信電話株式会社等に関する法律) 。これにより、例えば事業計画などの策定には総務省の認可が必要です。

また、現在では持株会社である NTT (日本電信電話株式会社) から、NTT 東日本/西日本 (地域会社) が子会社としてあり、他にもいくつか存在するという構造になっています。NTT 法の対象は持株会社・地域会社のみです。

民営化当初 (1984年制定, 1985年施行) は会社分割はされていませんでした (旧 NTT)。その後 1997 年の NTT 法改正で持株会社・地域会社への分割が 1999 年に実施されています (NTTデータ・NTTドコモは改正より早く分離しています)。 この際、国際および長距離通信事業に関しては NTT コミュニケーションズへの分離が行われています。

(余談: NTT コムとか、コムさんって呼ぶことが多いんですが、NTT コムウェアっていう別の会社もあるので注意が必要です。まぁ NTT コムさんっていったら基本的には NTT コミュニケーションズさんなんじゃないでしょうか…)

今では地域会社である NTT 東日本、西日本がそれぞれ同名の「フレッツ 光ネクスト」というサービスを展開しています。機能もほぼ同等ですが、会社が違うので別のサービスにあたります。 (例: フレッツ光の開通には身分証が必要。これは2契約目以降であれば省略できる。ただし東日本で1本持っていても、西日本で1本目を契約する場合は身分証が必要になる……など。)

前述のように当初分割はされていませんでしたが、2001 年に改正が行われ、当時の携帯電話/インターネットの普及に伴い NTT の業務範囲について見直しが行われました。自由度を向上させる目的で、総務大臣の認可の元、NTT 地域会社はそれが持つ地域電気通信事業を活用した事業 (活用事業) を営むことができるようになります。 ただし、条件として他の電気通信事業者との公平さを損わないこと、地域電気通信事業に支障がでないことが提示されました。なおこの規則は 2011 年に認可制から事前届出制へとさらに緩和されます。

なので、現状では NTT 法では持株会社と地域会社について、下記のような定義になっています:

  • NTT (持株会社) は「地域会社による適切かつ安定的な電気通信役務の提供の確保」「電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究」が目的 (NTT 法第 1 条)
  • NTT 東日本/西日本 (地域会社) は 「地域電気通信事業の経営」が目的 (NTT 法第 1 条)
  • また持株会社・地域会社ともに「経営が適正かつ効率的に行われるように配意し、国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切、公平かつ安定的な提供の確保」が責務として定義 (NTT 法第 3 条)

これを踏まえると、2001 年の改正で活用事業を営むことができるようになったものの、NTT 法的には NTT 東日本/西日本は「地域電気通信事業」に専念しろという縛りのように見えます。ではそれは何かと言うと:

  • 地域電気通信事業: 同一の都道府県内の区域内 における通信を他の電気通信事業者の設備を介することなく媒介することのできる電気通信設備を設置して行う電気通信業務 (NTT法第 2 条)

とされています。

地域電気通信事業

そう、実は NTT 地域会社は地域電気通信 == 同一都道府県内の区域内の通信、を事業とするため、都道府県を跨ぐ通信 (県間通信) を営んでいませんでした。これは電話網はもちろんインターネットに関わる IP 網にも適用されます。そのためフレッツはもともと「地域 IP 網」としてスタートしています。 IP 網といってもインターネットとは切り離された「閉域網」で、あくまでその都道府県内のユーザーと ISP (プロバイダ) を接続することに専念していました。 (当初はもちろん ISDN/ADSL)

NGNの県間伝送路の役割について (総務省) より引用

総務省資料から引用したこの図が分かりやすいでしょう。「本来業務」は都道府県内の通信に閉じていて、インターネットへ出るような通信は他の事業者へ渡してお任せするという形です。これは電話網も同じです。 この本来業務のみの時代は、 フレッツ網を利用したとしても ISP は展開する都道府県ごとに NTT の POI (Point of Interface, 相互接続点) と接続する必要がありました。

本来業務のみの時代。この図には前項で説明した「活用事業」の線も読めます。活用事業は前項の通り 2001 年の改正で、総務大臣認可の元可能になった事業ですが、では具体的に何なのでしょうか。

  • 余談1: なお、この初期の地域 IP 網から ISP への接続の時点で、PPPoE っていう奴は使われています。PPP on Ethernet、イーサネット上の PPP (Point-to-Point Protocol) です。通信網の中で 2 点間の接続を担うためのプロトコルですが、これはダイアルアップ時代から使われており、イーサネットに乗ってもまだ使うっていう話なんですねぇ。ダイアルアップ同様、どこへ接続したい & 自分のID/パスワードを提示するための枯れた技術はこれくらいしか無いんですけどね…。
  • 余談2: 1999 年の会社分割の際に誕生した NTT コミュニケーションズは、NTT 法の制約を受けない、そもそも長距離通信事業を担うために誕生したため ISP 事業をすることが可能でした。OCN っていう奴は NTT コミュニケーションズがやっています。また、国際通信事業にも携わっていて、今では規模感として Tier1 と呼ばれるレベルの、世界最大級のネットワークを自社で保有しています (NTT GIN)。

地域電気通信事業のための設備の活用事業

前述の会社分割にあたり足枷として用意された制約は、その後のインターネットの高速な普及において大きな弊害となりました (INTERNETMAG-200304)。NTT 法は民営化の際に公平性や義務を課すことが目的で、そのおかげで多種多様な会社が電気通信事業へ参入することになりましたが、制約が強すぎて NTT はインターネット事業において価値を発揮することを困難としました。

それが 2001 年の NTT 法改正による活用業務の導入へ繋がります。2003 年に活用業務として地域 IP 網同士を接続する県間伝送路の構築が認可されました。これにより、フレッツ網が県を跨ぐ広域化が可能となります。 NTT 自身も広域 VPN 事業などをスタートした他、ISP も IP 通信網県間区間伝送機能が利用できるようになり、一部の POI のみに接続することで広い地域でサービスを展開できるようになりました (ただし NTT 東西同士は接続されていないため全国展開のためには東西それぞれ最低 1 箇所での接続が必要)。

この際の条件として、NTT 自ら県間の回線を整備する場合、DF (ダークファイバ, 余った通信ケーブル) の利用を他事業者に許すこと、その条件や料金は公平に設定し公表すること。また、他事業者の回線を調達する場合は透明性・公平性を確保することといったものが挙げられます (SOUMU-000443869)。このダークファイバは現状、日本国内で電気通信事業をする際には間違いなく活用するものです。NTT フレッツ光以外の回線 (たとえば、家庭向けでは So-net の NURO) でも、実際には自宅には So-net が手配した NTT のダークファイバが来ているということが多いのではないでしょうか。また、ダークファイバはデータセンター間の通信などにも大活躍しています。おうちにほしい。

NTT について (まとめ)

既に話が長くなったので、ここまでの話を振り返ります。

NTT 東西のフレッツ網は、基本的にはインターネットから切り離された閉域網として設計されています。そして、初期は各都道府県に閉じていました。これは NTT 法の制約により NTT 単独でインターネットへの接続を提供することができないからです。あくまでも閉域網の中で、ユーザーと ISP のような個人/組織同士を繋ぐ役割を担っています。

また、活用業務としての県間通信など、閉域網同士がある程度接続された今も、公平さの確保のために NTT 東西が直接インターネット接続を提供することは許されません。

そのため、NTT フレッツ光を利用してインターネットへ繋ぐ場合は、フレッツ光を足にして ISP と別途契約、フレッツ光で ISP まで接続しにいき、そこからインターネットへ出ていくという形になります。この時点で複雑ですね。

  • 余談: 今では、2015 年あたりから提供されている光コラボレーションという仕組みで、ISP がフレッツ光の代理店のような形で、ISP とだけ直接契約すればオッケーというようなプログラムもはじまりましたが、あくまで契約上の話であり仕組みとしては変わりません。最初からコラボレーションのような仕組みができなかったのも過去の制約の都合が大きく引き摺っているんじゃないかなと思っています。
  • 余談: 実はダークファイバについては電気系や鉄道系の事業でもあったりするんですが…。ついでに通信ケーブル張っとくかってできるしね。関西圏では eo光 (オプテージ、旧ケイ・オプティコム) が実は NTT 西日本のフレッツ光よりメジャーですよね。これは関西電力配下の事業です。

閑話休題: IPv4, IPv6 とは

ここから先、IPv4 や IPv6 という単語が出てくるのでその説明を挟みます。 インターネットに利用される IP (Internet Protocol) は現在 2 つのバージョンが世界で運用されています。古い方は v4、新しい方が v6 です。

IPv4 と v6 の大きな違いは、通信に利用する IP アドレスの空間サイズです。IP アドレスは割り当ては世界で統一されたプロセスで実施されており、世界中でユニークに用途・割り当て先の組織が決まっています。IPv4 アドレスはおよそ 43 億個 (232 個)、v6 アドレスは 2128 個の空間があります。一部は割り当てでプライベートな空間に閉じる用途と定められています (192.168.0.0/16 など)。

割り当ては、下位組織に分割、その下位組織へさらに分割…と続けていきます。技術的制約から細かすぎる割り当ては不可能です。そして、インターネットの普及により IPv4 アドレスは枯渇してしまいました。今では世界中の組織が融通・売買しあう、NAPT, CGN などの IPv4 アドレスを共用するための仕組みでなんとかカバーしています。IPv6 では広大なアドレス空間により、枯渇する心配がない他、他の端末と共用するといったような必要がなくなりました。

(技術的には、基本的には割り当てを元とする「経路情報」の増大がネットワーク機器の負荷へ直結します。そのため、組織間の特別な取り決めがない限り IPv4 はアドレス /24 (256個) ブロックの単位しか通信の経路情報を受け付けてもらえません。ちなみに、IPv6 アドレスでは /48 が最小単位です。)

そして、IPv4 と IPv6 の間に直接の互換性はありません。IP を利用する通信として、HTTPS といった上位のプロトコル (仕様) はおおよそ共通です。インターネットのほぼ全ての通信は IP の上に乗っており、v4, v6 の世界ではそれぞれ同じ内容の通信をすることは可能でしょう。しかし、IPv4, v6 の間に互換性がないため、異なるバージョンを相手として直接通信することはできません。そのため、IPv4 インターネットと IPv6 インターネットの両方が併用、平行して運用されているという現状があります。

ただ、IPv6 への移行は世界的には Google や Netflix などは積極的にすすめているものの、まだまだというのが現状です。これはコンテンツホルダーに対する旨味があまりにも少ない…という悲しい話が大きいですね。

また、あくまでもバージョンの違いであるため「IPv6 が速い」はほとんどの場合間違いです。IPv4 、 v6 で利用される経路上の回線などが異なる、IPv6 は努力で延命されている IPv4 よりもシンプルな状態になっているため、回線が空いている・処理が速いために高速なんじゃないかと考えられています (GEEKPAGE-V4V6SPEED) 。IPv6 の仕様として大きな速度差が生まれるような違いはありません。また、NTT における事情はまた別にあり、本稿にて後述します。

このような 2 つの世界が平行運用されている状況があるため、IPv6 の世界から IPv4 の世界にもアクセスできるようにしようという仕組みがいくつか存在します。これがいわゆるフレッツ光の IPoE で利用されている技術を担っています。それについてはこの後あらためて説明します。

NGN とフレッツ 光ネクスト

では、現代のフレッツ光の話に入ります。現代のフレッツを語るにおいて NGN を説明しないわけにはいかないので、まずは NGN の解説からです。

NGN (Next Generation Network) は NTT においては 2006 年頃より整備がスタートした新しい IP 通信網の事を指します。これは商用サービスとしては 2008 年より申込開始となったフレッツ 光ネクストで利用されています。現役です。2020 年に、フレッツ網と言えば NGN 、NGN と言えばフレッツ、みたいな感じですね。

また、2020/4 より提供開始 となった 10GbE のアクセスサービスであるフレッツ 光クロスも、同じ NGN へ接続されています (NTTE-20200218)。

NGN はその名の通り次世代通信網という存在のため、インターネットだけではなく、PSTN 網 (電話網) についても IP で収容してしまおう、みたいな目論みがあり、これがひかり電話などに繋がっています。昔ながらのアナログな回線 (メタル回線) も、その裏側を NGN にする形でメタル回線を撤廃しようという流れがあるようです (SOUMU-000487200)。

この NGN では前項で解説した IPv6 をベースに構築されています。フレッツ 光ネクストでももちろん IPv6 を利用した仕組みになっていました。ただし、先に説明したようにフレッツの IP 網はインターネット接続を提供することができないため、網自体はインターネットから切り離された「閉域網」にあたります。

そして、実は今でこそ有名なものの、実は初期のフレッツ 光ネクストには IPoE オプション (後述) はありませんでした。インターネットには接続できないのに、NTT から IPv6 アドレスが各端末へ配布されていたのです。これにより、設定によってはいわゆる「NTT IPv6 閉域網フォールバック問題」「NTT NGN IPv6 マルチプレフィックス問題」が発生することになります。具体的には、IPv6 は設定されているのにインターネットへ出ることが出来ず、IPv6 対応の Web サイトなどへ接続しようとするとエラーが発生してしまうという問題です。

この問題を解決するために、いわゆる IPoE という手段に繋がることになりますが、まずはフレッツ光を利用して NGN 網に接続するまでの経路から説明します。

自宅から NGN 網までの接続 (ラストワンマイル)

フレッツ光をアクセス回線として利用している ISP を通じてインターネットへ接続するためには、まずフレッツ光の NGN 網 (フレッツ網) に接続する必要があります。前述の通り NTT は国内最大級の通信網を保有しているため、自宅まで光ファイバーを手配することはたやすいです。

ここで集合住宅の場合問題になるのは、マンションタイプの配線では共同設備を設置することになるため、そこを利用して良いかどうか、などが殆どでしょう。

配線方式について

冒頭に掲載した 概要図 の (2a), (2b) が実際に宅内までの引き込みを示します。引き込み方法は主に 2 種類用意されています (NTTE-FLETSKOUJI)。

  • 光配線方式 (2a): ファミリータイプ (戸建)、マンションタイプ
  • VDSL 方式 (2b): マンションタイプ

フレッツ光のマンションタイプに対応している集合住宅では、光配線もしくは VDSL 配線方式の共同設備が設置されることになります。これはマンションによりけりで、光ファイバーを直接宅内まで引き込めない場合は、VDSL 方式を利用することになります。

VDSL 方式

主に古いマンションで、光ファイバーを配管に通すことができない場合などに使われる方法です。光ファイバーはマンションに設置された共有の VDSL 集合装置まで引き込みます。

集合装置は MDF (主配線盤) 室に設置されるケースが多いでしょう。光ファイバーは電柱から MDF に引き込まれ、そこから集合装置へ配線することになります。

VDSL は昔ながらのメタル回線 (電話線) を利用するため、VDSL 集合装置から各戸へ続くメタル線に接続されます。フレッツ光を利用する宅内には、VDSL モデムが設置され、VDSL 方式で集合装置を経由しフレッツ網に接続することができます。

この方法は光ファイバーを直接引き込むことのできない場合に利用する方法で、光ファイバーとメタル回線の間を変換することになります。フレッツ光で採用している VDSL の仕様上、各回線は 100Mbps が速度の上限になります。

(100Mbps 、もはや下手したら平常時なら 4G の方が速いので、レイテンシは VDSL のほうが安定するとはいえ、用途によってはだいぶつらいですね………。勤務先がフルリモート体制になり、いろいろな人の働き方を回線に関する相談から観測する事が増えましたが、意外にも大きなファイルのやり取りをしがちな業務が多かったです。なお、この後に解説しますが、輻輳の影響下では 100 Mbps を切っている事が多いであろうことから、100Mbps 上限といっても上限まで輻輳を回避するような事は可能だろうと思います。)

  • 余談: 100Mbps は 100 Mb/sec (Megabits/sec) であり、これは MB/s (Megabytes/sec) とは別の単位です。GbもMb (ビット) も、8 で割る事でバイトになります。したがって 100Mbps はだいたい 12.5MB/s, 1Gbps は 125MB/s。

光配線方式

一方、光配線方式はその名の示す通り、宅内まで光ファイバーが引き込まれます。フレッツ 光ネクストであれば仕様上最大 1Gbps で通信が可能です。

光ファイバーが引き込まれると言っても、NTT 局舎から各戸へ配線していたら個人向けサービスとしてはコストが非常に高額になってしまいます。そのため、フレッツ光では GE-PON 技術と光スプリッタにより、1 本の光ファイバーを複数の回線で共有しています。

最大32分岐のイメージ図

フレッツ光の光スプリッタは 1 本の光ファイバーを共有できるよう 8 分岐することができ、そこから宅内へ配線されます。 4 分岐 + 8 分岐で、最大 32 分岐する設計になっています。 設計上、1 本の光ファイバーを共有する回線の上限は決まっているため、同じ建物にたくさん利用者がいると言っても、実際には MDF へ複数の光スプリッタが設置され、契約回線数に応じて数が増えていくはずです。そのため、同じマンションでも利用者が多ければ多いほど全体の速度がひたすら低下していく、という事象は起こりません。

マンションタイプでは共同設備として MDF 室に NTT の PT 盤が設置され、電柱から光ファイバーを引き込み、光スプリッタへ接続されます。一戸建ての場合は、光スプリッタは電柱に設置されているものをそのまま利用します。

GE-PON による光ファイバー共有

フレッツ光の光ファイバーは GE-PON 技術で共有している、と既に説明しましたが、これは実際にはどのように共有を実現しているのでしょうか。

GE-PON による通信のイメージ

光ファイバーは離れた場所へ光情報を伝える伝送路です。前述の光スプリッタにより分岐していますが、これにより光が分岐します。

NTT 局側の OLT (局側回線終端装置)から ONU (拠点側回線終端装置) に向かって一方向へ 32 分岐しています。OLT から送出した光は光スプリッタで分岐され、すべての ONU へ到達しますが、それぞれの ONU から送出した光は光スプリッタを通しても OLT へ向かうため、OLT のみに到達します。

つまり、OLT (NTT 局側) から下り (ダウンロード) 方向のデータは、同じファイバーを共有している全回線で受信することになります。これだとセキュリティ上の問題があるため、実際には OLT/ONU の間では通信が暗号化されており、ONU は自分宛のデータのみ処理しています。盗聴したとしても他の通信は暗号化されているため確認することはできません。

ONU から OLT へ向かう上り (アップロード) 方向のデータはどうでしょうか。盗聴の心配は低いですが、ファイバーを共有しているため ONU それぞれが自由に光を発してデータを送信すると混線が発生してしまいます。そのため、OLT から ONU に対して送信タイミングと量の制御を行っています。

(このような混線は Wi-Fi などでも発生するため、方式は違うものの送受信タイミングの制御がなされています)

同様に、OLT から ONU に対する下り (ダウンロード) 方向のデータ送信についても、どの ONU に対してどれくらい送信するかは常に OLT で制御されています。 GE-PON における帯域制御については、各 ONU ごとに固定の帯域を設定し、単位時間内で一定量以上のデータを送信しないようにする方法があります。しかし、それだと余っている帯域が無駄になってしまうため、個人向けサービスにおいては実際のトラフィック量に合わせて、ONU 同士の帯域を OLT が動的に調整する DBA (Dynamic Bandwidth Allocation, 動的帯域割当) を実施しているケースが多いです。フレッツ光もこのケースにもちろん該当します。

そのため、同一の光ファイバーを共有している他回線が帯域を利用していなければ、短時間であればその帯域を全て利用するような事が可能です。

そして、DBA については公平さや快適さを担保するために、単純なアルゴリズムを採用しているケースは少ないでしょう。また、そのアルゴリズム自体が回線品質を左右するため、詳細なパラメータや挙動は公開されることはありません。これはフレッツ光はもちろん、同じく PON を採用している他の事業者でも同様です (So-net の NURO など)。

なお、GE-PON は全二重通信のため、上り・下りそれぞれで帯域が独立しています。 上りで 1Gbps 利用している場合でも、下りで 1Gbps 分消費される、のような事はありません。

(VDSL の場合もおそらくは同様に分岐されていて、収容回線数も決まっているはずですが分かりません………)

フレッツ網で ISP へ接続する方法について

ここまででようやく NGN へ接続することができましたね。次はいよいよ、手元の端末からフレッツ網を通って ISP へ接続、インターネットへ到達するための手段についての説明です。

ISP 接続方法の一覧、そしてその基本的な仕組み

フレッツ網において ISP へ接続する方法は IPv4, IPv6 合わせて下記の 4 種類に分けられます。

  • IPv6
    • IPv6 over PPP over Ethernet (PPPoE 方式の IPv6 接続)
    • IPv6 over Ethernet (いわゆる IPoE 方式, IPv6 ネイティブ接続方式)
  • IPv4
    • IPv4 over PPP over Ethernet (PPPoE 方式の IPv4 接続)
    • IPv4 over IPv6 over Ethernet (いわゆる IPoE 方式にて IPv4 → IPv6 移行用のプロトコルを利用)

それぞれの詳細に入る前に、この “over” とは何かを説明しておこうと思います。なお、 PPP over Ethernet は PPPoE、IPv6 over Ethernet は IPoE です。

IP 通信の仕組みをザックリと説明すると、あらゆる端末は IP アドレスを持っています。また、送信元アドレスと送信先アドレスがパケットについています。送信先アドレスに向かってパケットが転送されてゆく、というのが基本的な流れです。 (パケット = 通信は順次転送していくために適宜分割されています。その単位がパケットと思えばOKです。パケットごとに IP の送信元・送信先情報がついています。)

IP パケット転送のイメージ

回線が直接 ISP に接続されていれば正しい送信元アドレスと送信先アドレスのみだけで通信は成立しますが、フレッツ網においては複数の ISP が共存しているため、どの ISP を利用するのかの情報が必要です。また、その ISP の契約者である事を確認する認証も必要です。

それを満たすために IP 通信を他のプロトコルで包み (くるみ)、まず ISP まで転送するという仕組みになっています。

たとえば IPv4 over PPP は PPP で IPv4 通信をまず包んで、PPP で包んだ IPv4 パケットを ISP に近いところで取り出すという動作をします。包まれている、その上に乗っかっている、という意味で “over” という単語が登場しています。

なお、上記のリストで over Ethernet とあるように、ぜんぶ Ethernet を挙げています。Ethernet は L1-L2 レイヤの通信方式ですが、現代においてはだいたいの回線が Ethernet であることが多いでしょう。Ethernet は共通項として、詳細についてはここでは割愛します。

PPPoE (IPv4/v6 over PPP over Ethernet)

フレッツ光 PPPoE 接続 (IPv4 トンネル方式) のイメージ

まずはメジャーな接続方法である PPPoE から説明します。PPPoE ではざっくり言うとユーザー名とパスワードで認証し、通信を確立するというのが基本的な流れになります。

フレッツ光においては PPPoE は各回線を直接収容している NTT 地域収容ビルの装置 (収容ルータ) にて終端されます (概要図 (3b))。収容ルータは PPPoE で届くユーザー名を元に、接続先 ISP を特定 & 認証要求を転送します。認証が通れば収容ルータが、中継交換局 (ZC) に設置される、対応する NTE (網終端装置) へ NGN 中継網を通り接続します。

この際、収容ルータから NTE までは PPPoE ではなく、L2TP という別のトンネル方式へ変換されています。これは、PPP が Point-to-Point Protocol という名前の通り 2 点間の接続しかプロトコル上対応できないため、NTE へ接続を転送するためには、接続情報を元に IP 等を利用した別のトンネリングプロトコルへ変換する必要があるためです。

NTE は ISP との POI (相互接続点) であるため、NTE から ISP へユーザーの接続が引き渡されています (概要図 (4b))。

  • 余談: MTU 1500 bytes の回線で PPPoE を実装すると、PPPoE ヘッダサイズだけを考えれば PPP 内の MTU は 1492 bytes になりますが、フレッツ光においての MTU が 1454 bytes とされているのは、PPPoE から L2TP に変換されているためです。 参考: Bフレッツやフレッツ光のMTUサイズ(1492ではなく1454の理由)
  • 補足: MTU の制約から L2TP と仮定していますが、現状の実装について、トンネリングプロトコルが L2TP であるという公式ソースは見つかっていません。PPPoE セッションから NTE までトンネル化されているのは正しいはずと sorah は考えています。

IPoE (IPv6 over Ethernet)

では、いよいよバズワードこと IPoE の説明です。IPoE は IPv6 over Ethernet を示す略称とされていますが、これは IP ネットワークが分かる人でも聞き慣れなかった単語なんじゃないかと思います。なぜならこれは完全に NTT フレッツ光の文脈で発生した用語なので…。IPv6 ネイティブ接続と言うのが一般的なんじゃないでしょうか。

先の余談で説明した PPPoE は、IP 通信をするために IP over PPP over Ethernet で実装されていました。PPP をなくし、IP を直接 IP 通信網に流せる (ネイティブ) という仕組みです。NGN 網においては IPv6 がネイティブでサポートされています。

前項にて、 PPPoE が必要なのは接続先 ISP を指定するためと説明しました。では IPoE ではどのように接続先 ISP を指定するのでしょう? NTT 法の制限により地域会社はインターネット接続を提供できないので、インターネットとの接続を担う ISP の存在はあるに違いありません。

フレッツ光 IPoE 接続 (IPv6 ネイティブ方式) のイメージ

VNE

では、IPoE ではどう接続先 ISP を判断しているのでしょうか。

答えは、回線に紐付いています。PPPoE 方式では ISP に紐付くユーザー名とパスワードを接続時に送信するため、接続単位 (セッション) で接続先 ISP が決まります。そのため、実は PPPoE 方式では複数の ISP と契約して同時に利用する事が可能ですが、IPoE 方式では回線に直接紐付くため同時に契約して利用することはできません。ISP へ契約時に入力した情報から回線を特定、かつ所有者であることは契約時に認証を行っています。

(補足: PPPoE, IPoE に関係なく、ONU のレイヤーで回線自体の認証処理を実施しています。物理的な回線と ONU が適切に登録されており、登録された ONU を接続することで、NTT 側 (OLT) は回線情報を区別して特定することができます。)

また、回線に紐付く IPoE 方式によるインターネット接続の情報は PPPoE 同様の「接続先 ISP」という情報ではありません。代わりにどの VNE を利用しているかという情報が紐付きます。

VNE (Virtual Network Enabler, 仮想通信事業者) は本来閉域網である NGN 網に対して IPv6 インターネット接続を提供する存在です。これは NGN 網内の IPv6 通信は NTT 東西が、NGN 網から先の通信は VNE が中継する形で提供されます。 PPPoE 方式では NTT 東西が ISP まで仮想的に直結する形で通信を成立させるのとは違い、NTT が部分的に IPv6 パケットの転送を担当する (概要図 (3a)) という形態の違いから “VNE” と呼ばれています。IPoE ユーザーが ISP へ IPoE 接続の申込を行うと、ISP は VNE へ回線情報を元に申込を行い、VNE が NTT と連携し NGN 網で実際に回線との紐付けを行うという順序で設定されます。

何故 ISP と呼ばずわざわざ VNE という別の概念を用意にしたのでしょうか? それは、後述する技術的な理由により NTT 東西に IPoE 方式のため相互接続できる事業者の数には限りがあり、また技術的敷居が高く設定されているためです。事業者の上限数については、当初は 3 でしたが今は 16 まで拡大されました。

その制限から、ほとんどの ISP は IPoE 方式の接続については自らが契約している VNE を利用し、その卸された回線をそのままユーザーへ提供する形を取っています (一種のローミング)。ISP 自身のネットワークがユーザーへ直接提供されることはありません。 VNE 数の制限から、特に初期の VNE は大手キャリアの合弁やグループ会社 (BBIX, JPNE, mfeed) が担いそれを分けあう形が取られていました。現在でも初期からの VNEを利用している ISP は数多くあります。

そして、NGN 網でネイティブに NTT から割り当てられる IPv6 アドレス (正確には prefix) は契約している VNE によって切り替わるようになっています。NGN 網からインターネット方面の経路には GWR (ゲートウェイルータ) が相互接続点 (POI) に設置されていて、GWR がソースアドレスルーティングを行い、設定されている VNE のルータへパケットを転送することでインターネットへ接続できるという仕組みです(概要図 (4a))。

(ソースアドレスルーティング: 前述のように通常の IP 通信では、ルータは受け取ったパケットの送信先アドレスから次の転送先を決定しますが、それと併せて送信元アドレスも決定に利用する事を指します。NGN 網上の IPv6 アドレスは VNE によって切り替わるため、VNE へ転送する際、どの VNE のルータへ転送するか判断するには送信元アドレスを参照する必要があります。)

なお、PPPoE 方式では ISP より IP アドレスが設定されますが、IPoE 方式では NGN 網上の IPv6 アドレスを利用するため、NTT より利用可能な IPv6 アドレスが通知されます。そのため、VNE は NGN 網で利用する IPv6 アドレスを NTT へ預けるという形を取っています。

  • 余談: 実は、ネイティブ IPv6 での NGN 網での通信は VNE との契約がなくても可能です。その場合、NTT が持つ IPv6 アドレスが割り当てられ、インターネットには通信できず、NGN 網内の他回線やサービスへのみ自由に通信することができます。ただし、東西を跨ぐことはできません。

IPv6 移行技術を利用した IPoE 方式での IPv4 接続

IPoE 接続では、ネイティブ IPv6 方式とも呼ばれているように IPv4 インターネットへの接続は直接サポートされていません。一方、IPv6 に非対応のサイトはまだまだある事も事実です。そのため、いくつかの VNE では VNE のサービスとして、IPv6 移行技術 (IPv4 共存技術) を利用した IPv4 インターネット接続が提供されています (概要図 (5a))。

フレッツ光 DS-Lite/MAP-E 接続 (IPoE を利用した IPv4 通信) のイメージ

代表的なのは MAP-E 方式 (v6 プラス等) と DS-Lite 方式でしょう。それぞれの具体的な違いについては本稿では割愛しますが、どちらも IPv6 通信で IPv4 通信を包む形で利用します (IPv4 over IPv6)。基本的に IPv6-only で生活するにはまだ厳しい現状があるため、今「IPoE にすると速い」と言われるケースでの利用は PPPoE 方式からこの IPv4 over IPv6 方式での IPv4 接続に切り替えるという話が殆どかと思います。

なお、IPv6 移行技術の提供については、各 VNE へ詳細含めて委ねられています。移行技術の詳細について興味がある方は、 MAP-E を中心とした本ですが、 徹底解説 v6プラス を読むのがオススメです。

(IPv4 over IPv6 のように、IPv4 通信を IPv6 で包みトンネルする方式だけではなく、MAP-T, NAT64, 464XLAT のように IPv4 通信を IPv6 通信へ送信する際に直接変換し、IPv4 接続設備でルールに従って IPv4 通信に戻す手法もあります。フレッツ網においては近年 NAT64 の運用を始めた VNE が存在します。)

また、各 VNE が IPv6 接続を元にした IPv4 接続の提供をしている背景については、下記が挙げられるでしょう。

  • IPv4 から v6 への移行措置: ネットワーク自体は IPv6 のみで構築しているため、直接 IPv4 接続は提供せず、IPv6 網の上で IPv4 接続機能を移行措置として提供する
  • IPv4/v6 間で経路 (ISP) が異なることによる一部の不都合の解消: 一部 CDN などで、IPv4/v6 間で ISP が違うことを前提としておらず、最適な CDN のエッジサーバーが選択されないなどの問題の解消
  • フレッツ網 PPPoE 方式における NTE 輻輳問題に対するワークアラウンド: (後述)
  • 二重コスト問題の解消: ISP が PPPoE 方式で IPv4 接続の提供をし続けているが、VNE が IPv4 接続機能を提供することで ISP の費用を抑えることができる。

フレッツ光の輻輳による速度低下の原因について

ここまでで自宅などからフレッツ光を通り ISP/VNE からインターネットと通信するまでの一連の仕組みを解説しました。冒頭で書いたように、全ての箇所に輻輳の可能性が存在します。

  1. 自宅から NTT 地域収容局まで
  2. NTT 地域収容局から POI -- NTE (PPPoE), GWR (IPoE) まで
  3. NTE から ISP, GWR から VNE まで
  4. ISP, VNE からインターネット
  5. それ以降

本稿では上記のうち (1)-(2) は NGN 網内、(3)-(5) は網外と区別します。

NGN 網内の速度については IPoE 接続されている状態で下記サイトにて測定することができます (網外の速度についても同時に測定することができますが、こちらについてはあまり精度について期待することができません。一般論として、実際に利用したいサイトや複数のスピード計測サイトを利用して判断することが望ましいでしょう)。

http://www.speed-visualizer.jp/

ほとんどの場合において NGN 網内の速度については 100Mbps を超え問題ない範囲になるのではないかと思います。 一方、PPPoE 方式を利用している場合は https://speedtest.net などで網外 IPv4 速度を測定するとそれよりガクンと下がるのではないでしょうか。

一般的に、フレッツ光の輻輳と言えば (3) もしくは (4) で起きている事が多いと言われています。(3) NTE 自体が輻輳している、(4) ISP 自体の帯域が輻輳している、もしくはその両方と判定できる事が多いでしょう。

(3), (4) の区別は簡単には行かないですが、(4) が輻輳している場合は ISP 自体に問題があります。これは大概にして安価すぎる ISP などで起こりやすいというのが個人の見解ですが、一概には言えません。

とはいえ、(4) の切り分けが (3) によってかなり困難になっているため、大手 ISP の IPoE 方式接続を利用するのが現状最も輻輳に遭遇しにくい選択肢と考えられます。

PPPoE 方式で利用する NTE の輻輳が起きやすい理由

前項で述べたように、(3) PPPoE 方式で利用する NTE (網終端装置) の輻輳のケースは (4) より非常に目立つ状況です。フレッツ網からインターネットへ出ていく際に最後に経由する網内の設備は IPoE 方式では GWR、PPPoE 方式では NTE ですが、GWR より NTE の方が輻輳しやすいのはなぜでしょうか。

現象としての答えはシンプルで、NTE あたりの PPPoE セッション数が実際のその帯域よりも過剰である状態が続いているからと言えるでしょう。その背景としては IPoE で VNE が接続している GWR は VNE 事業者が費用負担することにより自由に増設が可能であるが、PPPoE の NTE は一部 NTT 負担で、NTT の基準での増設であることが挙げられます。

また、PPPoE の方が先行かつ普及している方式であるから、単純に利用者が多いことも影響しているとも考えられます。

頻繁に輻輳が観測されているにもかかわらず、NTE の増設が進まない、また ISP の判断で増設ができない件に関しては主に JAIPA を中心とした ISP と NTT の間で議論がされています (接続料の算定等に関する研究会 など)。

NTT は 2018/4 に ISP 側の判断・費用負担 で「自由に増設が可能となる網終端装置メニュー (D型)」の追加、そして 2018/6 に一部を NTT 負担で行うメニュー (C 型) の増設基準の見直しが行われています。増設基準について見直されたとはいえ、NTE の増設基準は実際のトラフィックではなくセッション数ベースで行われており、1 ユーザーあたりのトラフィックが増加している現代においては増設を続けても全体の帯域が回復する状況にはなりません。

また、自由に増設が可能になったとは言え、そもそもフレッツ網区間の問題であることから、NTT が負担すべき、かつトラフィックベースでの基準に切り替えるべきという意見が強いようです。

そして、NTE は 1GbE インターフェースしか備えていないことから、インターフェースあたりの帯域・性能は需要に対してもはや十分ではないとも考えられます。2020/6/16 に新たに 10GbE インターフェースを備えた NTE について総務省から認可の見込みが立ちました (増設基準あり E 型, なし F 型)。高集積化に伴い改善されれば良いのですが、NTT の費用負担で行う増設 (E 型) については大手 ISP について 16,000 セッションが目安で、セッションあたりの帯域について計算するとこれまでと基準が変わっていません。これについて NTT 基準だけでみれば集積化がなされるだけで輻輳については変わらないのではという意見は引き続き健在です (SOUMU-02000649)。

追記: NTT 側負担を含む C-20, C-50 型とその移行措置

2020/6 現在提供される増設メニューのうち、NTT 側の負担が含むものには C-20, C-50 型というものが存在します。 これは C 型と、自由に増設できるメニューである D 型との中間にあたるメニューです。増設基準あり、そして占有ではないが利用率に応じて NTT 側と負担額が按分されます (取得固定資産額に対し増設基準のしきい値に反比例する比率を乗じた額)。

このメニューについて 2018/12 に NTT は総務省より行政指導を受けています。これは当初ハードウェアや仕様が同一にかかわらず、増設基準の違いで価格差を付けているものであったため、それについての是正を求める内容でした (SOUMU-000590804, SOUMU-000590817)。 2019/6 の約款改訂で C-20, C-50 型に対する移行措置が提供されています (SOUMU-NEWS02000556)。C-20, C-50 については附則において価格を定義し継続提供。また救済措置としては自由に増設できる D 型の利用者に対しては C, C-20, C-50 型の基準を満たしている場合移行できる期間を設けました。また、追って 2019/8 に小規模事業者に対する増設の大幅緩和が行われています (NTT-CONS-20190826-3)。

なお当初は 2020/6 まで新規申込を受け付ける措置でしたが、10G NTE 登場後しばらく猶予を持たせるため、2021/6 まで延伸がなされる予定です (SOUMU-02000649)。

IPoE 接続方式に関する論点

さて、エンドユーザーからしたら輻輳しにくく便利な IPoE ですが、特に VNE 事業者 (大手) 以外から指摘される、VNE として新規に NGN へ相互接続する - 参入の難しさに関係する、下記のような論点があります。主に地域 ISP など小規模事業者と大手事業者との間に溝がある、また中立さを求められる NTT の立場が複雑にしている印象を筆者は抱きます。

技術的な制約

具体的な基準は公開されていませんが、”当社IP通信網に相当する網であること” が NGN と IPoE 方式による相互接続の条件として NTT より挙げられています (NTT-E2-4)。技術的な制約についても、NGN に接続する VNE の事業者数が当初 3 社に制約されていた理由でもありますが、経路増大の問題が NTT から説明されています。

具体的には、前述の通り、VNE を利用した接続では NGN 網内の IPv6 ルーティングについては NGN が担当します。その関係で、VNE は NTT に IPv6 アドレス (prefix) を預ける形を取っていますが、VNE が増えるたびに管理する IPv6 経路数が増えるため特に障害時の品質の維持に課題を抱えてしまうと NTT は説明しています (SOUMU-000514523)。

県間機能、POI、第一種指定電気通信設備

次に挙げられるのは県間機能の利用についてでしょう。GWR を設置する NTT 局舎 (POI) については、PPPoE 方式の NTE と違い東京・大阪といった一部の都道府県に集中しています (SOUMU-000645961 p43)。そのため、VNE として NGN からのインターネット接続を引き受けるためには NGN の県間接続機能を必然的に利用する必要があります。また、県内に留める場合でも技術的制約を受けるため、県内接続に留めたとしても技術的コストは変わらないとされています (SOUMU-000645961 p66)。

最初に説明した通り、NTT の通信網における県間通信は活用事業の一環です。その関係もあり、各都道府県内の NGN 網と GWR については第一種指定電気通信設備として指定される一方で、県間通信路については指定されていません (SOUMU-000547958)。

第一種指定電気通信設備については大規模な電気通信設備に対し「設備の不可欠性」を根拠として総務省が規制をかけるための仕組みです。具体的には、接続約款 (料金・条件) について総務省の認可を必要とします。これにより指定設備に対しては他事業者への接続に応じやすくしなければなりません。

ここについて、IPoE 接続の観点から価格等について総務省の規制を要する指定を県間設備についてもするべきじゃないかと言う論点があります。ただし、現状の協議の見解としては県間のベストエフォート通信 (VNE で用いられるもの) については PPPoE 方式が存在するために、かつ PPPoE 方式での問題解決の余地が残っているのであれば、不可欠性を満たさないとしているようです (SOUMU-000645961 p46)。しかし、県間ベストエフォート通信についての価格に対して不満が残っている事は認められています。

GWR の費用負担について

そして、IPoE 方式の GWR については費用負担が全て VNE 事業者にあることについては前述の通りです。ここについて、JAIPA を中心とした ISP 団体は PPPoE 同様に NTT 負担とすべきという意見が述べられています (SOUMU-000478906)。

一方で、VNE 事業者からは IPv4 接続のための設備が VNE 側にある事、接続事業者数に制限がある事を理由に反対の声があります。これは VNE 事業者が大手キャリアのグループ会社や合弁であることから問題ないという背景もありますが、VNE 事業者としては GWR の費用負担は事業者側の事業戦略やトラフィック増減に対応しやすく問題がない、と挙げています。

また、併せて、JAIPA の意見には VNE 事業者の意見が反映されていない旨も指摘されています (SOUMU-000524009)。JAIPA の意見については中小 ISP からの視点が中心であり、たとえば主に大手だからユーザーあたりのコストを増やさず出来る事 (VNE としての接続, NTE の D 型メニューなど) を中小 ISP でも同様にユーザーあたりコストに影響しないようなメニューを提供するよう求めている事が多い印象です。

追記: なお、GWR, NTE などの具体的な「増設」費用に関しては総務省や NTT の資料から第三者はその価格を確認することができません (網使用料については約款に定められていますが、網改造料については開示されていません)。つまり、双方の価格に関する主張の正当さについては検証できない以上、筆者からはどちら側の主張についても判断材料に欠けるため、そのまま納得・同意することはできないと考えています。

特に小規模 ISP における VNE 利用の難しさ

地域 ISP といった小規模事業者ではフレッツ網に対する接続が単県などであることが多いです。地域 ISP が元々ダイアルアップ接続の県内アクセスポイントを提供することでユーザーの接続料金を抑える目的が成り立ちにある所が経緯と言えるでしょう (JANOG42-KUMAMOTO)。単一都道府県にいるユーザーを顧客とする小規模事業者であることから、当然ながら VNE の接続要件は満たせないと言えます。

しかし、PPPoE 方式で利用する NTE 輻輳問題は地域 ISP でも影響を受けます。しかし、そのためローミング事業者である VNE との契約をユーザーへ提供する事は単純なコスト増となってしまう、という問題が指摘されています (JANOG42-KUMAMOTO)。

なお、この問題に関係し、NTT 負担による NTE 増設の基準については小規模事業者向けに別の値が設定されています (SOUMU-NEWS02000649)。

おまけ

フレッツ光の利用にあたって把握しておくと便利な知識としては以上です。以下は筆者 sorah の経験則に基く話だったりするのでほぼ出典はありません。

引っ越しで光配線方式をツモりたい

物件探しの時点でフレッツ光の申込サイトへ物件名を入れて状況を照会するのがオススメです。ギガマンション・スマートタイプ, マンション・ギガラインタイプであれば間違いなく光配線方式です (NTTE-FLETSKOUJI)。調査が必要と表示されたら電話で確認するのが良いです。

ひかり電話無しのフレッツ光ネクストについて (DHCPv6-PD方式)

フレッツ 光ネクストではひかり電話がない場合、IPv6 通信のためのアドレスについては IPv6 の Router Advertisement で /64 の prefix が配信されます (RA 方式)。NTT 側のルータはその prefix に対して L2 レベルで割り当てているため、UNI 側では IPv6 パケットを L2 ブリッジ、もしくは L3 レベルで ND プロキシをする必要があります。

ひかり電話がある場合、DHCPv6-PD を利用して /56 の prefix が移譲されます。この場合、DHCPv6-PD でアドレスを取得した端末に対して L3 ルーティングが NTT 側から期待されるため、一般的なルータ機器での利用が容易になります。とりあえずひかり電話をつけておくと、ネットワーク機器をちょっと作ったり高度な設定に対応した機器に入れ替える際に複雑さが減ることが期待できます。

フレッツ 光クロスの場合 RA 方式は廃止(?) されたため、特に気にする必要がありません (FLETS-IP-INT-3)。

他のキャリアはどうなのか (auひかり, NUROなど)

正直筆者にあまり経験がないのでよくわかりません。auひかり, NURO ともに、局舎まではフレッツ光と同様のシェアドアクセス方式をとっています。前述の NTE の問題は起こりにくいとは考えられます。

ただ、VDSL について 100Mbps 上限の状態になっているのは NTT の採用している仕様がそれだから、という所は確かでしょう。メタル回線を利用して 1Gbps 近くまで出す規格は少なからずあるようです。G.fast などは au ひかりでの採用実績があるようです (AU-TOPIC20181004-01)。

NTT としてはメタルを廃止したい、また光配線方式がメジャーになりつつあることから、まだ VDSL 方式の改善に取り組むという状態になれないのではないでしょうか。

  • 余談: 筆者は NGN IPv6 の網内折り返しを利用した拠点間接続を愛用して、トンネルを用いた 実験通信網の構築が趣味 であるため、他のキャリアについて併用は考えても NGN を利用しない選択肢がないため、試す機会がありません。

まとめ

冒頭に挙げた疑問についてはこのように回答できるようになったのではないでしょうか。また、 概要図 を見返してもいいかもしれません。図に書いてある文言について理解が深まったと感じてくれていれば嬉しいです。

  • フレッツ光は自宅から ISP までの経路を担っている。
  • 特に PPPoE 方式では、ISP との接続点である設備 NTE が輻輳しやすい状態となっている。これは NTT 側の費用負担による増設基準が厳しいことなどに起因する。
  • IPoE 方式は PPPoE と違いフレッツ光の NGN 網がトラフィックの直接の転送を担う。また、インターネットへの出口となる事業者 (VNE) については参入敷居が高く、ISP は VNE へローミングする形をとっている場合がある。
  • ISP を乗り換えて通信速度が変わるかどうかは PPPoE 方式では VNE の状況、またその ISP 自身の状況次第になる。IPoE 方式では VNE の状態に依存するが、GWR の仕様またユーザー数の関係で輻輳はしにくい。
  • NTT で採用している VDSL 方式は光配線に比べ速度限界に大きな差があり、100Mbps 上限と考えられる。
  • NTT 法の制約や、県間通信が後からできたことによる歪みがある。そのため、フレッツ光と ISP の関係はとっつきにくい。

Google Docs にして 25 ページほどになってしまった本稿が快適なインターネットを得るための助けになればいいなと思います。

わりと時間を使って書いたので、もし役に立てた・面白かったと感じてもらえたなら Ko-fi ページよりコーヒー代などをポチって送ってもらえると喜びます。

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参考文献

モダンな本

IPoE って奴を技術的にもう少しちゃんと理解したいなら正直これを読むだけでいいです。あきみちさんというネットワーク界隈では著名な、いろいろな本を執筆されている方が書いている無料 ebook です。

法律

歴史

よくまとまっているやつ

他のフレッツのおたくが書いた資料

総務省資料

NTT 公式資料

その他

更新履歴

  • 2020/6/22 11:37 JST: 網改造料は開示されてない旨を追記しました。
  • 2020/6/22 00:00 JST: "NTT 側負担を含む C-20, C-50 型とその移行措置" を追記しました。
  • 2020/6/21 17:00 JST: さらに補足を足しました。マルチプレフィクス問題について、閉域網フォールバック問題と分けて言及するようにしました。
  • 2020/6/21 16:30 JST: 指摘のあった誤植・ミスやいくつか補足を足しました。Wi-Fi における衝突制御について、語弊があったため表現を変更しました。802.11ac においては RTS/CTS による制御が用いられています。
  • 2020/6/20 23:30 JST: 初稿

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